2006/05/15

スキャナー・ダークリー / フィリップ・K・ディック





スキャナー・ダークリー
著:フィリップ・K・ディック 訳:浅倉久志
早川書房

内容(「BOOK」データベースより)
カリフォルニアのオレンジ郡保安官事務所麻薬課のおとり捜査官フィレッドことボブ・アークターは、上司にも自分の仮の姿は教えず、秘密捜査を進めている。麻薬中毒者アークターとして、最近流通しはじめた物質Dはもちろん、ヘロイン、コカインなどの麻薬にふけりつつ、ヤク中仲間ふたりと同居していたのだ。だが、ある日、上司から麻薬密売人アークターの監視を命じられてしまうが…P.K.ディック後期の傑作、新訳版。


 あーもうちゃんと更新しようー。というわけでディックです。

 ディック作品の中でドラッグ色が強いものは買っても読まずにいて、後の楽しみにとっておくつもりだったのだが、「暗闇のスキャナー」の浅倉訳バージョンはついつい読んでしまいました。山形訳バージョンも所有しているが、自分はやはり浅倉訳のほうが読みやすい…。原文は山形版のほうに近いラリラリな雰囲気らしいですな。新訳発売の理由は、映画化のため版権が創元から早川に移動したせいだとか。創元のディック作品の版権はすべて早川が買い取ったという説もあるけど本当なんだろうか。

 スクランブル・スーツやホロ・スキャナーなどの近未来ガジェットは出てくるけれど、全体的にSF色は薄い。ドラッグ中毒の妄想や虚言がラリラリと氾濫しつつも、崩壊するのはあくまで人物の内面であって現実世界の基盤が曖昧になることはないし、(ディック作品にしては)構成がはっきりしていて破綻もないので読みやすい。下手すると「高い城の男」よりよっぽど純文学寄りなのでは。

 ヒロインのドナは(ディック作品にしては)主人公から見て「優しく、温かく、大切にするべき対象」に描かれている。実際はそんなに温かい人格ではなく、例によって怖いねーちゃんなのであるが。冷徹に突き放される報われない愛、だからこそ主人公アークターの愛は純粋で無償の愛だったと見る事もできるかな。映画版でのドナはウィノナ・ライダーが演じるらしく、はまり過ぎてしょうがない感じがする。関係ないけど、映画「チャーリーとチョコレート工場」に出てるブロンドの女の子が小さいウィノナ・ライダーに見えるのは私だけですか。

 ラストの短い文章ですべてが収束し、この先の世界の動向を案じさせるに至って、やっと少しばかりの澄んだ空気を嗅ぎ取ることができたような気がした。胸が押し潰されるような優しさはあるが、やはり救いがなさ過ぎる。

 ディック自身による解説では、これは自分の友人達が受けた重すぎた罰について書いた作品だと述べている。ディックにしては珍しく頭脳明瞭でノリノリの時期のあいだに、仲間達のことを忘れないように書き留めたものなのだとか。ナーバスなときに読むとひどく効く。たぶん「失踪日記」とこれコンボで読んだら結構大変なことになると思う。

Warner Independent Pictures' A Scanner Darkly -- The Official Film site

 映画版は、米国では7月頃に公開されるそうです。上記の公式サイトでトレーラー動画が見られますが、Flash8 Playerをインストールしたくない方はこちらのページ下方にある「Watch the newest trailer for A Scanner Darkly.」のリンクからどうぞ。

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